絵、そしてジュエリー。時々日常なども絡めながら、制作についての背景や好きなものなどについてマイペースで綴っています。
by *あゆみ*
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30年目の『嵐が丘』


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お問い合わせやご注文はなるべくこの期間を避けてご連絡くださいますよう、お願い申し上げます。

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30年前の夏休み。例によって私と姉は田舎で過ごしていました。

早朝から田んぼへ出る祖母はお昼御飯の後はちょっとゆっくりして、ドラマを観ていました(^_^)
その場に居た姉や私も何となく一緒に観るように。当時 放映されていたのは『愛の嵐』でした。
エミリ・ブロンテの『嵐が丘』をもじったドラマで、私は主人公たちが大人になっていたぐらいから観始めたのですが、これがなかなか面白く…。

これがきっかけとなり、母の持ち物であった『嵐が丘』の本がちょうど実家にあったので、中学2年生だった私は夢中で読破したのでした。

物語の語り手であるネリイはよくぞここまで詳細に主人たちの言葉を記憶していたなと感心する程の、各々のセリフの長さ。
全ページが小さな文字でびっしり埋め尽くされています。

それでも、中学生だった私でも不思議とめげずにどんどん読み進む事が出来ました。
母の『嵐が丘』は三宅幾三郎さんの翻訳なのですが、数ある中でこの方の訳文は一番良いと言われているそうです。

以来、母に譲ってもらったこの本は、私の宝物になりました。折に触れて読み返し、何度読んでも飽きません。

今日は、出合って30年目の夏を迎えたこの本について書きたいと思います。

(↑上の写真は、本の口絵。兄ブランウェルの筆によるエミリ・ブロンテの肖像です。)


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↑冒頭に主要人物たちの紹介があります。

〈あらすじ〉

1801年、都会からスラッシュクロス屋敷を借りに来たロックウッドという紳士が、近くの「嵐が丘」と呼ばれる家へ家主のヒースクリッフを訪ねるところから始まります。
その屋敷の異様な人々や雰囲気に驚き、興味を持った彼は、スラッシュクロス屋敷の家政婦であるエレン・ディーン(ネリイ)から両家にまつわる物語を聴く事となります。(ここからが本筋となります↓)

18世紀後半のある夏、「嵐が丘」に住むアーンショー家の大旦那がリヴァプールへ旅をした際に身寄りの無い少年を拾って連れ帰り、ヒースクリッフと名付ける。
国籍も年齢も不明、髪も眼も肌も黒いこの少年をアーンショー家の人々はジプシーのようだと気味悪がるが、大旦那はヒースクリッフを可愛がり、大切に育てる。
屋敷の子供たちのうち、兄のヒンドレはヒースクリッフに嫉妬し彼を苛めるが、妹のキャサリンは彼と心を通わせ、互いに無くてはならない存在になっていく。
アーンショー夫妻亡き後、妻を迎え入れ主人となったヒンドレはヒースクリッフを野良働きの卑しい身分に落としめてしまう。そんなヒースクリッフを変わらず慕うキャサリンは、彼と荒地を駆け回ることを喜びとしていた。
ある時、野をさまよっていた二人はリントン氏の住むスラッシュクロス屋敷の敷地に忍び込み、中を覗いているうちにキャサリンが猛犬にかまれ、大怪我を負ってしまう。
手当てを受けたキャサリンはそのまま暫く屋敷で療養する事になり、上品な生活に馴染んでいく。
その頃、ヒンドレの妻が男子ヘアトンを生んで亡くなり、最愛の妻を失ったヒンドレの生活は荒んでいく。
嵐が丘に戻ってからも度々リントン兄妹の来訪を受けていたキャサリンは、エドガー・リントンに求婚され、承諾してしまう。
エドガーの持ち合わせている上品さに引かれながらも、魂の底からの愛情をヒースクリッフに対して感じ続けているキャサリンの矛盾した心を知る由もないヒースクリッフは家を飛び出し、行方知れずになってしまう。
悲しみのあまり病気になり、回復したキャサリンがエドガーと結婚してしばらく経った頃、財力と教養を身につけたヒースクリッフがどこからともなく戻って来る。
キャサリンに近づくヒースクリッフと彼を遠ざけようとする夫との間でキャサリンの感情は高ぶり、神経をすり減らし、やがて自ら衰弱していく。ヒースクリッフと激しい抱擁を交わした後、娘(同じくキャサリンと名付けられる)を生んで息絶える。

キャサリンの死後、ヒースクリッフの情熱は復讐に向けられる。
まずはヒンドレを墜落・破産させ、その亡き後に自分が「嵐が丘」の主人となり、息子のヘアトンをかつての彼自身がそうであったように無教養な下僕にしてしまう。
またエドガーの妹イザベラの自分への恋心を利用し、結婚した後に虐待する。耐え切れなくなったイザベラは逃亡先で息子(リントン)を生んで亡くなる。
リントンをひきとったヒースクリッフは成長した息子をエドガーの娘キャサリンと近づけ、無理やり結婚させてしまう。
間もなくエドガーが亡くなり、病弱だった息子リントンも死ぬ。
ヒースクリッフは両家に君臨し、ヘアトンや未亡人となったキャサリンを虐げるが、キャサリン(母)を想い続け、彼女の霊にまつわられつつ悶死する。その亡骸は生前に手配しておいた通り、キャサリンの側に埋葬される。
残されたヘアトンとキャサリン(娘)の間に愛が芽生え始めたところで物語は終了する。



このようなお話です。
あらすじだけでもものすごく長くなってしまいました。親子で名前が同じだったりするので更にややこしい(ーー;)

ここから少し、挿絵をピックアップしてみます。

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↑1枚目の挿絵。来訪者であるロックウッドをヒースクリッフが迎えるところ。
いきなりこんな雰囲気なので、知らずに見たら怖い話かと思ったかもしれません。(後で幽霊も出て来ます)

挿絵は全てネル・ブッカー。

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↑リントン家で手当てを受けるキャサリンと、彼女を見つめるエドガー、リントン夫人、イザベラ。
下は下男に捕まえられたヒースクリッフ。


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↑エドガーを迎えるためにヒースクリッフを仕事に追いやろうとするキャサリンと、キャサリンの気持ちを図りかねて苦しむヒースクリッフ。


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↑死せるキャサリンと、悲しみにくれるヒースクリッフとエドガー。


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↑両家の子供たち。左からヘアトン、キャサリン、リントン。
上は彼らの様子に睨みをきかせるヒースクリッフ。



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↑目に入るもの全てがキャサリンの姿となり、自分を四方から取り囲んでいるようだと語るヒースクリッフの幻影とその様子。


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↑この本の価格は当時何と480円!!今ならきっともっとしますね(^^;)



読んだ当時 中学生だった私は、ヒースクリッフとキャサリンの深く激しい愛情こそ本物で、真実なのだと思っていました。

確かに二人の愛が真実である事は間違いなく、この上なく深い絆で結ばれている事にも間違いはないと思います。

でも大人になった今読み返してみると、感じる事がいろいろあります。

『嵐が丘』といえばヒースクリッフの(キャサリン逢いたさにその墓を暴くなどの)常軌を逸した愛情や執念深い復讐劇などが注目されがちですが、今の私にはそうしたヒースクリッフの非情さよりも、キャサリンの人格に対する衝撃の方が大きいです。

初めて読んだ時も確かに「すごい我儘だなあ」とは感じましたが、読んでいる私が自分中心の思春期だった事もあり、キャサリンの我儘も気性の激しいアーンショー家の血筋ゆえで、単に情熱の現れである部分が大きいのだと捉えていました。

例えば私がとても好きだった場面、エドガーのプロポーズを承諾してしまったキャサリンがネリイに自身の抱える矛盾を告白し、「私自身がヒースクリッフなのだ」と語るところ。
彼女はヒースクリッフと自分、両方の不幸をじっと見守って心に感じてきたと、この世に生きてきて何にもまして考えたのはヒースクリッフのことであり、ヒースクリッフに対する愛だけは永遠に色褪せる事はないと語っています。

でも一方で、兄がヒースクリッフをあんなに卑しい人間にしてしまわなければエドガーとの結婚を考えなかったと、今ヒースクリッフと結婚したら二人は乞食になってしまう。だからエドガーと結婚する事で自分がヒースクリッフを救い出せるのだとも言っています。これが一番立派な動機だと。

ネリイにも結婚の動機として「美男子だから」「私を愛しているから」「あの人は大きな財産を貰うから、この辺で一番お金持ちの奥さんになって自慢がしたいの」など先に並べた理由よりも、エドガーの財産でヒースクリッフを救えるというこの考えは一番いけないと諭されます。

だって彼ら双方にとって、これほど残酷な動機って他にあるでしょうか。いくらキャサリンが自分の正当性を主張したところで、「馬鹿にしている」と双方からそっぽを向かれても不思議ではない身勝手な動機です。

ヒースクリッフにとってはキャサリンが全てであり、他に失うものなどない人生です。
けれど地主の娘として生まれたお嬢様のキャサリンにとって、やはり上質な生活への未練も捨てきれなかったのではないでしょうか。

そしてキャサリンはこの先も「自分は常にまっとうで、一番正しい」という姿勢を崩そうとはしません。
いつも周りは自分の考えに同調してくれるものと考えています。自分が嬉しい時は共に喜び、泣いている時は共に悲しみ、いたわってもらえるのが当然と考えています。

リントン家に嫁いでから平和な日々を保てていたのは周囲の気遣いあっての事だったにもかかわらず、自分の方が皆のご機嫌をとりながらひとり辛さに耐えてきたのだと言い張ったり、
ヒースクリッフと夫が元々互いに嫌い合っている事を知っていながらヒースクリッフの来訪に一人有頂天になって彼を褒め、機嫌を損ねた夫を強く批判したり。

常に「私はこういう心持でいるのに、何故理解しようとしないの?私は至極まともな態度をとっているのに」と本気で考えているようなのです。

ヒースクリッフがイザベラを誘惑した際には自分の嫉妬心を巧妙に他事に置き換えて彼をなじり、騒ぎを知って駆けつけた夫に当たり散らし、おまけにヒースクリッフに加勢して夫を攻撃したりします。
そこまでしておいて、「あたしが旦那様のためを思って、声を嗄らしてヒースクリッフを責めた後へ旦那様が来て、あんな嫌味を言い出したんで、あたし、二人が喧嘩でも何でもやりたければやるがいいと思って、心配する気にもなれなかったわ」とあくまで自分を正当化し、言ってのけたりします。
ヒースクリッフとエドガーとが自分の胸を引き裂いてしまったのだ、というのがキャサリンの主張なのです。
そして泣いて泣いて嘆き死んで二人を悲嘆にくれさせてやると宣言した通り、本当に病んで、やがて死んでしまいます。

私から見れば、キャサリンは二人の間で心を引き裂かれたというよりは、自らが抱えるジレンマによって心を引き裂かれたといった方が正しいような気がします。

我儘や思い込みもここまで来ると恐ろしい程で、彼女の言動には開いた口が塞がらないという言葉がぴったりですが、それでも二人の男性の心を捉えたキャサリンには、きっと理屈で語れない何かがあったのでしょう。


キャサリンに強く惹かれたヒースクリッフとエドガーの他にも、『嵐が丘』には人の心の不思議や微妙な変化の様子がたくさん書かれています。


手塩に掛けて自分を育ててくれたネリイを忘れ、ヒースクリッフを父親のように慕うヒンドレの息子ヘアトン。
父の暴力に怯える幼少期を過ごし、偶然にヒースクリッフによって命を助けられた事もあったヘアトンは、その物怖じしない性質から苛めて面白いところがないと判断され、かわりに粗野と無知の底へと貶められてしまいます。
しかしヒースクリッフは自分の息子リントンよりもヘアトンの方が優れている事を知っていて、「一方は金だのに敷石に使われている、ところが、他方は錫だのに銀に見せようとして磨き立ててある」とヘアトンが自分の息子でない事を心底残念に感じています。
そんな彼の思惑を知っていてもヘアトンのヒースクリッフへの信頼は揺るがず、その死をただ一人心から嘆き悲しんだのもまたヘアトンでした。

憎いヒンドレの息子でありながら、その目は正にキャサリンを思わせるほど時として実の娘キャサリンよりも愛する人によく似ていて、若い頃の自分にそっくりでもあるヘアトンにヒースクリッフがシンパシーを感じていたことは充分に伝わっていたのかもしれません。


初めて娘キャサリンと対面したヘアトンは、彼女がのべつまくなしに話す内容はほとんど解らないながらもびっくりしたような顔で彼女を見つめ、その言葉に耳を傾けます。
エドガーが怪我をしたキャサリンの顔を穴の開くほど見つめ、「アーンショーのお嬢さんだ」と言う場面と同様に、おそらく目の前の少女に一目惚れしたのだろうという事が伝わる出会いの場面です。
キャサリンと出会ってヘアトンは自分の無知を恥じるようになり、一度はその努力をひねくれてしまった彼女によってへし折られもしますが、後に改めて彼女から愛と教養を同時に与えられる事になります。

二人が開かれた本に顔を寄せ合っている姿はとても微笑ましいです。

自分はモテる方だと自負しているロックウッドさんは美人の未亡人キャサリンがうっかり自分に惚れやしないかと期待していた分、そんな二人の姿に唇を噛みます。
ロックウッドさんの変な勘違いが実らなくて本当に良かったです(^^;)


私がもうひとつ印象に残っているのが、ヒースクリッフに捧げた愛情を踏みにじられたイザベラが、ヒースクリッフに対する憎しみを延々とネリイに語る場面です。
散々聞くに堪えないような恨み言を述べ続けながらも、「でも今だってまだ、あたしがどれほどあの男を愛していたかを思い出せるわ。そして今だってまだ愛し続けていられるような気さえするわ。もしーいいえ、だめ、だめ!(中略)あんな男はこの世から消えてなくなればいい。せめてあたしの記憶から消え失せてくれればいいのに!」と所々にまだヒースクリッフへの消せない愛情があることをほのめかしていて、その矛盾した心理がとてもよく描かれています。

30歳で亡くなった作者のエミリ・ブロンテに恋愛経験は無かったとされていますが、そうだとしたら彼女はどうやってこんな微妙な愛憎の心理を理解し表現する事が出来たのだろう…と私は思うのです。
人間の心理を鋭く観察する目が優れていたのでしょうか。でもそれだけで、こんな物語が書けるのだろうか…と私は不思議で仕方がないのです。

物語の終了前、周囲の人々を巻き込んで愛憎劇を繰り広げた末に亡くなったヒースクリッフとキャサリンの魂が、一緒になって嵐が丘を彷徨っているというエピソードがいくつか挙げられています。

「ヒースクリッフと女の人がいて怖くてそばを通れない」と泣く男の子。男の子の連れている羊たちも進もうとはしません。
召使いのジョウゼフじいさんも、雨の降る晩はいつも幽霊が二人、窓から覗いていると言っています。
どんな形であれ、命を全うした二人の魂はやっと結ばれたのでしょう。

物語の最初の方、嵐が丘に泊まったロックウッドさんは「中に入れて」とすすり泣くキャサリンの幽霊に遭遇しています。
「20年間 彷徨っていた」とキャサリンの霊は訴えます。


その様子をケイト・ブッシュが「嵐が丘」で歌っていますね↓







大好きなのに読書感想文を上手く書く事が出来なかった『嵐が丘』の世界について、30年経った今思うことを書いてみたら、とんでもなく長くなってしまいました☆

また時が経ったら、違った感想を持つかもしれません。

その間を何を思ってどんな風に過ごしたか、によっても変わってくるのでしょうね。


お読みくださり、ありがとうございました☆












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by anandab4 | 2017-08-08 11:41 | 好きなこと | Comments(0)
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